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北オランダに点在する氷河期の遺産「ピンゴ遺構」とは
社会 読了 3分

北オランダに点在する氷河期の遺産「ピンゴ遺構」とは

2万年前の大地の記憶が、いま生態系の砦になっている

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ドレンテ州ザイエン近郊。フネベッド(巨石墓)D5からほんの数百メートル先に、白樺の湿地林が不思議な存在感を放っている。「まるで別世界に足を踏み入れるよう。とても幻想的」と、物理地理学者のアンヤ・フェルバース氏は言う。その林が占める低地こそが「ピンゴ遺構(pingoruïne)」だ。最終氷期ヴァイクセル氷期(約11万6,000年前〜1万1,650年前)の最寒期に形成された、大地の遺産である。

氷の丘が溶けて生まれた地形

ピンゴとは、イヌイットが「成長する丘(pingosariuk)」と呼んだ地形に由来する言葉だ。極寒の環境下で地中に巨大な氷のレンズが形成され、上部の土壌を押し上げて丘を作る。約2万年前、北オランダは数千年にわたり極地の荒野と化し、こうした氷の丘がいたるところに隆起した。やがて気候が温暖化すると氷塊が溶け、円形の低地だけが残った。同様の地形は現在もカナダやアラスカで観察できる。

ただし、円形の低地がすべてピンゴ遺構というわけではない。風が砂を吹き飛ばしてできた「吹き出し盆地(uitblazingskom)」も存在し、両者の見分けには高度測定データや歴史地図の精査が欠かせない。フェルバース氏は過去20年間、同僚研究者・学生・ボランティアと協力して調査を重ね、ドレンテ州だけで2,400か所以上を確認した。その成果は今年6月、研究書『Pingoruïnes – bijzondere ijstijdrelicten in het landschap』として刊行された。

古気候の記録庫であり、先史の聖地でもある

ピンゴ遺構が科学者を惹きつけるのは、その景観的なめずらしさだけではない。低地を埋め尽くすギッチャ(有機堆積物)と泥炭の層には、数千年分の花粉化石が封じ込められており、当時の植生や気候を読み解く手がかりになる。フェルバース氏が主催した「ピンゴ・サマースクール」では、学生やボランティアが毎日ボーリング調査を行い、「手の中に数千年の歴史を感じる」という体験を積んだという。

考古学的な価値も見逃せない。約1万2,500年前から7,300年前の中石器時代、狩猟採集民はピンゴ遺構のほとりにキャンプを張ることが多かった。水場に動物が集まり、人もそれを追ったからだ。ドレンテ州の多くのピンゴ遺構周辺では、火打ち石の道具が出土している。フェルバース氏が案内したウィッテフェーン周辺には、ネアンデルタール人の痕跡やローマ時代の柵跡、さらにケルト式耕作地の遺構まで重なり合うように残っており、「地球科学・文化史・生態学の交差点」と形容する。

農地に囲まれた「緑のオアシス」

現在のピンゴ遺構を取り巻く状況は、必ずしも牧歌的ではない。かつてヒースが広がっていた周囲は、今やトウモロコシやジャガイモの畑に置き換わった。そうした単調な農地の中で、ピンゴ遺構は湿地性の生物が生き延びる「緑のオアシス」となっている。フェルバース氏が案内したボレンフェーンでは、トンボが空中で交尾し、スモークオークの木立からフィンチが鳴き声を響かせていた。

生物多様性の避難場所としてのピンゴ遺構の重要性は、今後さらに増すとみられる。フェルバース氏は「知ることで愛着が生まれる」と語り、地域住民への啓発を続ける。「ピンゴ」という響きのよい言葉が親しみを生むのも事実で、地域によっては地元のピンゴ遺構を誇りに思う住民も多いという。在蘭の日本人にとっても、週末のドライブや自然散策でドレンテ州を訪れる機会があれば、足元の地形に2万年の時間が刻まれていることを思い起こしてほしい。

情報源: NRC

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