視覚に頼らないドローン——TU Delftの研究者が162万ユーロで挑む「触覚飛行」の最前線
ネズミのひげ、鳥の指、ムササビの翼膜——自然界に学ぶ次世代ロボット
デルフト工科大学(TU Delft)の航空宇宙工学部の廊下で、同僚から抱擁と称賛を浴びたサルア・ハマザ准教授——彼女が喜びを分かち合うのには十分な理由があった。第二子を出産したばかりの寝不足の朝、欧州研究会議(ERC)のスターティンググラント、162万ユーロの受給が正式に決まったのだ。「ヨーロッパで最も取得が難しい個人向け助成金です」と彼女は静かに、しかし確かな誇りをもって語る。
「見えなくても飛べる」ドローンの発想
一般的なドローンはカメラやセンサーで周囲を「見て」障害物を避ける。ハマザ准教授が率いるBioMorphic Intelligence Labが目指すのは、その常識を覆すアプローチだ。視覚情報ゼロの状態でも、触覚によって環境を認識しながら飛行できるドローンの開発である。
その一例が、ネズミのひげにヒントを得た「スノーハーレン(触角)ドローン」だ。超高感度のひげ状センサーが周囲の物体をとらえ、狭い空間や複雑な構造物の中を自律的に進む。さらに、鳥が枝に止まる際の動きを模した「飛ぶ手」型ドローンも開発済みで、シリコン製の3本指とその各関節に埋め込まれた圧力センサーが、物体の形・角度・大きさを感知しながら掴む動作を実現する。
こうした技術が想定する舞台は、視界ゼロの現場だ。煙が充満した火災建物、光のない洞窟、そして火星の溶岩トンネル——惑星の地質史を解き明かす手がかりが眠るとされる場所へのアクセスも視野に入る。欧州宇宙機関(ESA)との共同研究はすでに進んでおり、バチカン考古局とも連携して、繊細な遺跡や手の届かない遺構への応用も模索している。
「まず美しいデザインを」——逆転の研究哲学
ハマザ准教授の研究手法は、エンジニアリングの世界では異色だ。「機能から形を決める」のではなく、「形から機能を発見する」。自然界の生き物の造形美に魅了され、そのデザインを徹底的に研究した先に、初めて用途が見えてくるという。
その象徴が、ムササビを模した翼なしドローンだ。黒い薄膜を張った直径LP盤ほどの機体には8つのモーターが搭載され、全身の膜が波打つように動くことで飛行と姿勢制御を同時に実現する。現在は第7世代まで進化し、安定したホバリングと高い機動性を両立。課題は「着地」で、木に垂直に降り立つ際に頭部を固定したまま体を弓なりに曲げて速度を落とすムササビ特有の動きを、いかに機械的に再現するかが次の焦点だ。興味深いのは、この研究が生物学者たちの関心も引き、ムササビの飛行力学に関する新たな学術的知見の創出にも貢献しつつある点だ。ロボット工学が自然を模倣するだけでなく、自然科学そのものを前進させるという双方向の関係が生まれている。
現在、ラボではタコの体の変形能力やカモノハシの電気受容感覚をモデルにした新型機の開発も並行して進む。2023年にはNWOのVeni助成金、2025年にはEUのマリー・キュリー・ドクトラルネットワーク助成金を受給しており、今回のERCグラントはその集大成ともいえる評価だ。
オランダの技術革新の最前線として
ハマザ准教授はイタリアのボローニャ出身(1989年生まれ)で、修士課程のためデルフトに渡り、トゥウェンテ、ブリストル、セビリア、インペリアル・カレッジ・ロンドンを経て、デルフトへ戻った。約10年前にブリストルで博士論文の構想を初めて語った際、指導教員には「ドローンが物に触れるなんて」と理解されなかったという。その研究が今や欧州最高峰の個人研究助成を獲得するに至った。
オランダ国内でも、トゥウェンテ大学の「飛ぶ筋肉」やアイントホーフェン工科大学の群れで下水管を検査する「スマーブルス」など、革新的なドローン研究が各地で進むが、生命の形そのものを出発点とする姿勢においてデルフトのBioMorphic Intelligence Labの存在感は際立っている。在蘭日本人研究者・技術者にとっても、こうした学際的かつ創造的なアプローチは、オランダの研究文化を理解する上で一つの典型例といえるだろう。
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情報源: NRC
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