戦後オランダの収容所で数千人の女性が組織的性暴力被害――長年隠蔽された証言
NIODの新報告書が明らかにした、1950年議会調査の深刻な怠慢
第二次世界大戦が終結したオランダで、解放の喜びの陰に深刻な人権侵害が組織的に行われていた。NIOD(戦争・ホロコースト・ジェノサイド研究所)が今年10月に発表した調査報告書は、戦後に設置された抑留キャンプで数千人の女性が強姦・拷問・強制脱衣・公開屈辱などの性的虐待を受けていたことを明らかにした。対象となったのは、占領期にドイツ人と交際したと疑われた女性や、協力者とみなされた女性たちだ。
証言は存在していた――それでも報告書には残らなかった
被害は、全国200か所以上あった抑留キャンプのうち数十か所で確認されている。1950年、オランダ議会は収容所での虐待を調査するための委員会を設置し、元警察監察官ヨハンナ・ファン・スヒルファールデが約200人の被害者・目撃者から証言を収集した。ほぼすべての証言が、看守による性的虐待やレイプを訴える内容だった。
しかし、これらの証言が最終報告書に記載されることはなかった。当時の主任調査官アルノー・バロン・ファン・テュイル・ファン・セロースケルケンは、「証人が恐れて口を割らないため調査を完了できない」と結論付けたが、NIODの研究によれば、証言はすでにアーカイブに存在していた。調査を担当した歴史家・ジャーナリストのエウード・キーフト氏は、放送局NOSに対し「主任調査官は著しく怠慢だった。職務を果たさなかった」と断言している。
誰も性暴力の責任を問われなかった
収容所関係者16人が殺人や拷問の罪で罰せられたものの、性暴力を理由に処罰された者は一人もいないことが記録に残っている。科された刑罰も罰金や最長1年の禁固にとどまり、被害の規模と深刻さに見合うものとは言えなかった。最終報告書に証言が含まれなかったことで、オランダ政府は長年にわたって組織的な性暴力への責任を問われることがなかった。
キーフト氏は今回明らかになった事実を「氷山の一角」と表現し、引き続き調査を継続する意向を示している。戦後の「解放」という集合的記憶の中で、被害を受けた女性たちの声が意図的にではなく怠慢によって消し去られたという事実は、歴史の検証と国家の説明責任という点で重い問いを投げかけている。オランダ社会がこの報告書をどう受け止め、今後の公式な議論につなげていくかが注目される。
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情報源: DutchNews


