84年前に逝った叔父へ――戦争が消した若者に「顔」を取り戻す試み
作家ロザン・ホラックが綴る、母の悲しみと記憶の再生
第二次世界大戦が終わって80年以上が経つ。それでも、あの時代に誰かを失った家族の傷は、静かに、しかし確実に次の世代へと受け継がれていく。オランダの作家ロザン・ホラックが書いた一冊の本は、そんな継承される悲しみを正面から見つめた作品だ。NRCが毎週日曜に配信するポッドキャスト企画「日曜の聴き物語(Luisterverhaal op zondag)」で、この秋に紹介された。
母の沈黙が問いかけたもの
ホラックが本を書こうと思い立ったきっかけは、自分の母親だった。母は長年、弟のヘルマンを戦時中に亡くした悲しみを胸に抱えたまま、それを十分には語れずにいた。「未消化の悲しみ(onverwerkt verdriet)」——そう表現されるこの感情は、オランダでは戦後世代の家庭に広く根を張ってきた現象でもある。ホラックは問いを立てた。叔父ヘルマンに、いったい何が起きたのか。
調査と執筆を通じてホラックが向き合ったのは、単なる家族史の掘り起こしではなかった。それは、戦争によって歴史から「消された」若者に、再び顔を与えるという行為でもあった。名前だけが残り、写真も記録も乏しい人物を、文章の力で立体的に蘇らせようとする試みは、個人の追悼を超えて、集合的な記憶の問題へと広がる。
記憶を語ることの意味
ポッドキャストという形式も、この作品のテーマと響き合う。声に出して読まれ、耳で聴かれる物語は、文字だけでは届かない何かを運ぶ。NRCのこの企画は、毎週日曜日という「ゆっくり読む・聴く」時間帯に合わせて制作されており、ホラックの語りはそのフォーマットに自然に溶け込んでいる。
戦争の記憶が「生き証人」から遠ざかるにつれ、それをどう次世代へ伝えるかは、オランダ社会にとって切実な課題であり続けている。ヘルマンが亡くなってから84年——その長い時間を経てもなお、一人の甥の問いが本という形を取ったという事実は、記憶の持つ粘り強さを示している。
在蘭日本人にとっての視点
日本もまた、第二次世界大戦の記憶と向き合い続けている社会だ。家族の中で語られなかった戦争体験、写真すら残っていない先祖——そうした経験を持つ在蘭日本人にとっても、ホラックの問いは他人事ではないだろう。「歴史から消えた人に顔を取り戻す」という行為は、国や言語を越えた普遍的な衝動である。オランダに暮らしながら、両国の戦争記憶が交差する地点に立つ自分自身の来歴を、静かに振り返る機会になるかもしれない。
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情報源: NRC


