故インフルエンサーの家族に脅迫――「推し」との見えない境界線
パラソーシャル関係がSNS時代に生み出す歪んだ「絆」
今年4月、オランダで人気を博していたインフルエンサーのジェイド・コプスが死去した。数十万人のフォロワーを持ち、日常を率直に発信し続けた彼女の訃報には、SNS上に大量の追悼メッセージが寄せられた。しかし事態はそれにとどまらなかった。コプスの両親は一部のファンから接触を求められ続け、断ると今度は脅迫へと発展。警察が介入し、いわゆる「停止面談」が実施されるまでに至った。父親のルネ・コプス氏は「娘はみんなのものだと、本当にそう信じている人たちがいる」と語っている。
「知っている気がする」という感覚の正体
この現象を読み解く鍵となるのが「パラソーシャル関係」という概念だ。ユトレヒト大学の社会科学者リンダ・ダウツ氏によれば、熱心なファンは自分のアイドルを「本当に知っている」という感覚を持つことがある。テレビや映画の時代から存在する心理的メカニズムだが、SNSはそれをより強化する。「あなたが追っている人たちは、まるで近所の女の子や従妹のように感じられる。友人の投稿と並んでタイムラインに流れてくるうちに、境界線が溶けていく」とダウツ氏は説明する。
VU大学(アムステルダム自由大学)のメディア心理学教授エリー・コナイン氏は「パラソーシャル」という表現が関係性を過小評価していると感じ、「メディアを介した関係」と呼ぶことを好む。インフルエンサーとフォロワーの間には、コメントへの返信やリアクションを通じた双方向の交流が実際に生まれており、「たとえSNS越しであっても、その感情は本物だ」と強調する。ダウツ氏も、ファンとしての深い関わりが必ずしも問題とはいえず、視聴者自身の人生の支えになることもあると認める。
「権利がある」という思い込みが生む暴力
問題が生じるのは、その感情が「要求」へと変質するときだ。ダウツ氏は「今はフォローし、いいねを押し、コメントできる。時には返事ももらえる。だからこそ境界を越えやすくなる」と指摘する。コプスの両親に連絡を取り続けるファンの多くは、友人を亡くした際に遺族へ弔意を伝えるのと同じ感覚でいるのかもしれない。しかし「ファンは写真の一枚や、優しい一言をもらう権利があると思い込み、それが叶わないと怒りへと転化する」という。
両氏はファンが脅迫にまで至ることを「ひどいことだが、驚くには値しない」と分析する。背景には社会全体のオンライン上での攻撃性の高まりがある。政治家同士がSNS上で罵倒し合い、著名人がルール違反を平然と犯す光景が日常化する中で、境界を侵す行動の敷居が下がっているとダウツ氏は言う。コナイン氏も「ロールモデルであるはずの人々が限度を超えた行動を見せている」と同意する。
在蘭の私たちが考えるべきこと
専門家の二人はファンに対し、オンラインの公式追悼ページや、設置された献花場所といった適切なかたちで弔意を示すよう呼びかける。コナイン氏は「オフラインの人間関係でも同じことだが、自分の立場をわきまえることが大切だ」と述べ、ダウツ氏は「気づいてほしいのは、これは遺族の話であって、フォロワーである自分の話ではないということだ」と言葉を選んで語った。
SNSを通じて日本のコミュニティや国内外のインフルエンサーをフォローしているオランダ在住の日本人も多い。「推し」との距離感はデジタル時代ならではの難問だが、画面の向こうに生身の人間とその家族がいるという事実は、どれだけ親近感が高まっても変わらない。今回の一件は、その当たり前の原則を改めて問い直す機会となっている。
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情報源: NOS Algemeen


