フリースラント発・在来種の種苗でオランダの生態系を再生する試み
小さな種が紡ぐ、昆虫・植物・人間の連鎖回復
フリースラント州南東部のニュイェベルコープに広がる約30ヘクタールの農地では、カノコソウ、タイム、フウロソウ、マーガレット、クローバーといった植物が一面に咲き誇り、ミツバチやマルハナバチ、ホバーフライが絶え間なく飛び交う。ここを拠点とするCruydt-Hoeckは、オランダに自生する野生植物を専門に栽培し、在来種の花卉種子を生産する国内最大手の企業だ。自治体、州政府、自然保護管理団体、生態系専門の造園業者などに種子を供給しており、今日のオランダにおける生物多様性回復の重要な一翼を担っている。
「下降スパイラル」を断ち切る
オランダの生物多様性は数十年にわたって深刻な危機にさらされてきた。国内の野生植物種の3分の1以上がレッドリストに登録され、農耕地の鳥類の個体数は1960年以降で平均70%以上減少した。とりわけ深刻なのが昆虫だ。2017年にナイメーヘン大学の生態学者らが学術誌『ネイチャー』に発表した研究によれば、自然保護区における飛翔昆虫のバイオマスは1990年代以降で約75%も失われている。農業の集約化、窒素による土壌汚染、生息地の断片化、農薬の使用が主な原因とされる。
Cruydt-Hoeckの共同オーナーであるヤスパー・ヘルマンテルは「生態系の基盤となる在来植物を取り戻さなければ、この下降スパイラルは止められない」と語る。同社のアドバイザー、ルーロフ・ヤン・コープスも「在来植物は何千年もかけて地域の昆虫と共に進化してきた。外来種や園芸品種では、その役割を代替できないことが多い」と強調する。同社は1978年の創業以来、在来植物の野外復元という理念を掲げ続け、現在は55人のスタッフを擁し、提携農家と合わせて計65ヘクタール以上で栽培を手がける。
食と健康をめぐる大きな問題
ワーヘニンゲン大学名誉教授で「生物多様性回復デルタプラン」の議長を務めるルイーズ・フェット氏は、「メディアはいつも生態系の後退を抽象的に報じるが、生物多様性の問題は私たち人間自身の健康に直結していることを伝えるべきだ」と指摘する。実際、FAOのデータによれば、食用作物の約4分の3はミツバチをはじめとする昆虫の受粉に依存しており、野菜、果物、ナッツ、コーヒー、チョコレートがその代表例だ。中国では一部の果樹園ですでに人の手による受粉が余儀なくされているという現実もある。在来植物は土壌生物とともに土を健全に保ち、水系を守り、都市部では熱ストレスを和らげる緑の空間として人々の心身の健康にも貢献する。
こうした問題意識のもと、Cruydt-Hoeckは自治体や環境団体と連携し、道路脇の草地、堤防、学校の校庭を在来種の花で覆う「生態ネットワーク」の拡充を推進している。英国の生物学者デイブ・グールソン氏はオランダ国内の「数万キロに及ぶ道路脇や堤防をすべて花豊かな生息地に転換できれば、国際的な昆虫ネットワークが生まれる」と指摘する。2024年にオランダ「最も持続可能な造園家」に選ばれたヨス・ファン・デン・アッカー氏は、北部オランダの50か所で芝生を在来種の植生に転換した実績を持ち、「校庭に砂や石、在来植物を取り入れるだけで、子どもたちが自然に触れる場所が生まれる。熱ストレスも消える」と話す。
ゲルダーラント州では、飛翔距離が約130メートルと短い希少なマツムシソウマルハナバチ(knautiabij)を守るため、地元産の種子を使った植物の増殖・播種が行われた。その結果、孤立していた個体群が再びつながり、目撃報告が急増したという。在来種の種子から始まるこうした小さな取り組みが積み重なることで、オランダの生態系は着実に回復の糸口をつかみつつある。在蘭の日本人にとっても、身近な公園や校庭の植栽がどのような植物で構成されているかを意識することが、この大きな変化に参加する入口になるかもしれない。
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情報源: NRC


