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フォスカウィル日記全7巻完結——5621ページの向こうに「本当の自己」はあったのか
社会 読了 3分

フォスカウィル日記全7巻完結——5621ページの向こうに「本当の自己」はあったのか

オランダ文学の巨匠が遺した膨大な記録、その限界と謎

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オランダを代表する作家J・J・フォスカウィル(1926〜2008)の日記シリーズが、最終第7巻『Het zwijgen(沈黙)』の刊行をもって完結した。過去4年間にわたって出版社が順次刊行してきた本シリーズは、全7巻・5621ページという圧倒的な分量を誇る。NRCの批評は、この大著を読み終えた者が抱く根本的な問いを率直に投げかける——「私たちは5621ページを通じて、いったい誰を知ったのか」と。

退職後の日常と、絶えない口論

フォスカウィルの代表作『Het Bureau(職場)』は、自身が30年間勤めたメルテンス研究所での経験をもとにした全7巻の大河小説であり、オランダ文学史に残る傑作として知られる。日記シリーズに期待されたのは、そのような傑作の誕生を支えた「創作の舞台裏」だった。とりわけ最終巻では、著者がVUT(早期退職制度)を利用して退職した後、ついに本格的な執筆へと向かう姿が描かれると期待されていた。

しかし実際の内容は大きく異なる。退職後の日々を占めるのは、妻ルーシェとの際限ない口論だ。批評によれば、「些細なことが口論のきっかけとなり、フォスカウィルが妻の言葉のあとに感嘆符を何個も書き連ねている場面が延々と続く」という。フォスカウィル自身、数度にわたって「その場を立ち去らなければ彼女を殺していた」と記しており、批評家はこれを「誇張ではない」と評している。一方、1989年2月1日の記述には注目すべき場面もある。退職からほぼ2年が経ったその日、彼はメルテンス研究所を訪れ金庫から日記帳を取り出す。『Het Bureau』の読者なら、それがあの大河小説の素材となった日記であることを直感できる——日記の中でも、創作の萌芽が見え隠れする数少ない瞬間だ。

「無検閲版」刊行の経緯と、残された謎

出版の経緯もまた興味深い。妻ルーシェは当初、タイプ原稿を読んで内容に不満を持ち、大量のページを削除した。しかしその後、削除を後悔。担当編集者たちはフォスカウィルが手書きした元原稿に遡ってテキストを復元し、今回の無検閲版として刊行するに至った。

批評家がより本質的な問題として指摘するのは、フォスカウィル自身の「自己検閲」だ。日記には散歩の描写や食事の記録といった極めて平凡な記述が多く、内面の深部には踏み込んでいない。批評は、日記の目的が「自己開示」ではなく、あくまで「思考の整理」と「後の創作のための記憶の備忘録」であった可能性を示唆する。実際、日記に「X」という匿名で登場する愛人の存在は、前巻の編集注記によって初めて明かされたものであり、フォスカウィル本人はこの女性についてほとんど何も書き残していない。

5621ページが照らす、書くことの限界

フォスカウィルは日記を「自分のために書いたのか、読者のために書いたのか」と自問する場面もある。批評家の答えは明快だ——小説は読者のために書かれたが、日記はあくまで本人のためのものだった、と。エロティシズムや欲望にもほぼ触れないその筆致は、1926年生まれという世代的背景もあるかもしれないが、批評家の目には「自分をさらけ出そうとしている人間の、疑わしい自己抑制」と映る。

オランダ文学に親しむ在蘭日本人にとって、『Het Bureau』はその舞台となったアムステルダムの官僚的な職場文化を理解する上で今なお示唆に富む作品だ。日記シリーズはその作家像を補完するものとして期待されたが、完結した今、読者に残るのは傑作の秘密というより、「書かれなかったもの」の大きさかもしれない。膨大な言葉の集積は、時として沈黙よりも多くを隠す——そのことをこの5621ページは逆説的に教えている。

情報源: NRC

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