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1976年のオランダ中絶クリニック占拠を描く──映画的ノンフィクションの光と影
社会 読了 2分

1976年のオランダ中絶クリニック占拠を描く──映画的ノンフィクションの光と影

患者の声が聞こえない「英雄譚」の功罪

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1976年5月のある晩、オランダのフェミニスト活動家たちはカメラを手に一つのクリニックへと向かった。ハールレム近郊ヘームステーデにある中絶クリニック「ブルーメンホーフェ」が、司法大臣ドリース・ファン・アフトの命令によって閉鎖されようとしていた。それに抗議する女性たちが施設を占拠し、2週間にわたって籠城を続けた──これが、歴史家でもある著者サネ・ティーレンスが2026年に上梓したノンフィクション『De bezetting(占拠)』の核心にある出来事だ。

映画さながらの筆致で描かれる闘争

本書の魅力はまず、その圧倒的な臨場感にある。ティーレンスは占拠の発端となったドイツ人女性ゲルリンデ・ジーレの告訴、多忙な国会の論戦、夏の日差しの中で鍋や子供を抱えて集まった女性たちの姿を、まるでドラマの脚本を読むように描き出す。クリニックの庭にはポテトフライの屋台まで現れ、デモ参加者たちの高揚感と緊張感が交互に伝わってくる。

登場人物の造形も際立っている。秘密裏に妊娠中絶を施していた医師ヨーリ・ファン・デン・ベルフ、D66の国会議員アネケ・ハウトスミット、そしてドッレ・ミナのメンバーたちは、著者の崇敬に近い眼差しで描かれる。一方のファン・アフト元首相は「絵に描いたような悪役」として物語に深みを与える。本書は単なる記録にとどまらず、1911年の風紀法から1984年の中絶法完全施行に至るオランダの女性運動史全体をたどる意欲作でもある。

患者の声という「不在」

しかし評者が惜しむのは、この華やかな英雄譚の陰で聞こえてこない声の存在だ。占拠の「主役」であるはずの患者──実際に中絶を経験した女性たち──がほとんど登場しない。自己決定権を主題に掲げる本でありながら、当事者の証言が薄いのは皮肉でもある。中絶が時に深刻な葛藤を伴う個人的な経験であるという事実は、活動家の熱気の陰に隠れてしまっている。

評者はメレディス・グリアのエッセイ『Bedenktijd(2023年)』やスカンジナビア特派員アンネ・フリーチェ・フランセンの文章を引き合いに出し、「これは喪失ではない。あなたは失ったのではなく、手放したのだ」という言葉を紹介する。そうした個人の複雑な感情に踏み込むことで、本書はより奥行きのある作品になり得たと示唆している。

今日の議論に重なる「善対悪」の構図

「善対悪」という二項対立の枠組みは、本書を読みやすくする一方で、中絶をめぐる問題の多層性を削ぎ落とすリスクをはらんでいる。とはいえ評者は、米国での権利後退など現在進行形の国際的論争を背景に考えれば、この「高揚した語り口」には一定の意義があると認める。

在蘭日本人にとっては、オランダが中絶の権利を法制化するまでにいかに長い闘いを要したかを知る入門書として本書は有益だ。中絶法の完全施行まで実に約70年の議論があったという歴史的事実は、現在のヨーロッパや世界規模の議論を理解する上でも重要な文脈を提供する。映画的な興奮を求める読者には十分に応える一冊だが、より深い人間ドラマを期待するならば、他の作品と併せて読むことを勧めたい。

情報源: NRC

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