「何もしない至福」——人気番組「B&B Vol Liefde」をめぐる批判と逆説
「空虚な番組」との批判を受けて、実際に見てみたら
オランダのリアリティ番組「B&B Vol Liefde(愛のB&B)」が、思わぬ論争の的となっている。発端は、Volkskrantに掲載された読者の意見記事だ。筆者はRTLのこの番組を「テレビ番組の空虚さの極み」と断じ、「想像力も意味もない生活を賛美するプロパガンダ」と厳しく批判した。参加者たちはただワインを飲み、ものを買い、座っているだけ。B&Bの経営にも本気で取り組んでおらず、本を読んだり映画や音楽について語り合う者もいない——というのが批判の要旨だ。
「何もしない」をめぐる詩と哲学
NRCのコラムニストはこの批判を受け、実際に放送を視聴した。すると、画面に映し出されたのは批判者が描いたような「空虚な光景」とはやや異なるものだった。スペインの森のベンチで、詩人のシャークがB&B経営者イリスに向かって語りかける。「詩を聴いてほしいんだけど、僕が書いたやつ」。題は「Dolce far niente(ドルチェ・ファル・ニエンテ)」——何もしない喜び、を意味するイタリア語だ。「背中の広さはベッドの中で初めてわかる/コーヒーに垂らしたミルクのひとしずく、指でその形を変えていく/足の裏の汚れは、何もしないことの美しさだ」。詩を読み終えたシャークは言う。「おかしなことに、みんなこの詩を聴きたがる」。それは「何もしないこと」が、今という時代のリアルなテーマだからだ、と彼は考えている。
ダックスフントとのディナー、そしてイビサの恋愛劇
フランスの城に暮らすミレイユは、芸術と歴史を愛するボヘミアン的な女性として登場する。彼女の食卓の定席には、ダックスフントのドールチェが座っている。夫の死後、ミレイユはドールチェと毎晩食卓を共にしてきたという。古びた椅子に腰かけ、よだれかけをつけた犬と並んでステーキを食べる——その光景はシュールでありながら、どこか深い孤独と愛情を湛えている。一方アルバでは、ステンドグラス職人のメノが、B&B経営者エリンが「いつかプールの上に壁画を描きたい」とさりげなく口にした言葉を覚えていて、2日後にデザイン案を携えて塗料店へ連れて行く。細やかで創造的な行為だ。そしてイビサでは、ワディとティモシーの恋愛模様が『高慢と偏見』のような緊張感を帯びる。野原で摘んだたんぽぽを渡したのに、ティモシーが無造作に地面へ落とした——それだけで「本当に胸が痛んだ」とワディは語り、後にその「事件」をティモシーの母と叔母に打ち明けるほどだ。
批判の逆説、「何もしない」という豊かさ
コラムニストはこう締めくくる。「犬と話す、たんぽぽで傷つく、森で詩を朗読する——これは想像力と意味に満ちた生活だ」と。「B&B Vol Liefde」を見ること自体が、まさに「何もしない至福」なのだ、と。批判者が「無意味」と見たものを、コラムニストは豊かな人間ドラマとして読み解いてみせた。在蘭日本人にとっても、この番組はオランダ人の日常感覚——のんびりとした時間の使い方、感情表現の直接さ、暮らしの中の小さな美学——を垣間見る窓口になるかもしれない。「何もしないこと」を罪悪感なく楽しめる文化は、オランダ社会の一面を映している。
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情報源: NRC



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