インドネシア独立81周年――いまもオランダを苦しめる植民地戦争の記憶
数十万人の犠牲者、認められなかった独立、そして未清算の歴史
8月17日、インドネシアは独立宣言から81周年を迎えた。1945年のこの日、スカルノとハッタがジャカルタで宣言文を読み上げ、350年にわたるオランダ植民地支配からの自立を高らかに告げた。しかしオランダはこれを認めず、その後4年にわたる激しい武力衝突へと突入する。その戦争がオランダとインドネシアの間に残した傷は、81年後の現在もなお癒えていない。
「独立戦争」か「警察行動」か――問われ続ける戦争の呼称
オランダ国内では長い間、この戦争を「警察行動(politionele acties)」と呼んできた。国家が秩序回復のために行った正当な措置、という位置づけだ。しかし実態はそれとは程遠く、村落への無差別攻撃、拷問、超法規的処刑など、国際法に照らして戦争犯罪と認定されうる行為が多数記録されている。犠牲者はインドネシア側だけで数十万人に上るとされ、その多くは戦闘員ではなく一般市民だった。
NRCの編集者フランク・フェルメーレンは、最新のポッドキャストでこの問題を改めて正面から取り上げた。犠牲者一人ひとりの物語を丁寧に掘り起こすことで、数字の陰に埋もれがちな個人の苦しみをすくい上げようとしている。フェルメーレンにとって、こうした物語はオランダが植民地として果たした役割全体を映し出す鏡だという。
謝罪と向き合いの現在地
オランダ政府がインドネシア独立戦争における暴力を公式に認め謝罪したのは、2022年のことだ。マルク・ルッテ首相(当時)が国会でその言葉を述べるまでに、独立から実に77年が必要だった。この謝罪はオランダ国内でも賛否を呼んだ。元兵士やその遺族の中には、自分たちが「悪者」にされたと感じる人も少なくなかったからだ。一方でインドネシア系オランダ人のコミュニティや歴史研究者からは、謝罪は遅すぎたものの重要な一歩だという声が上がった。
在蘭日本人にとってこの問題は、一見遠い話のように映るかもしれない。しかし第二次世界大戦中、日本軍はオランダ領東インド(現インドネシア)を占領し、独立宣言の直接的な引き金を引いた経緯がある。オランダ人やインドネシア系住民の中には、日本の占領や日本軍による被害の記憶を持つ家族を持つ人も少なくない。8月17日というインドネシアの独立記念日は、オランダ、インドネシア、日本の三者が複雑に絡み合う歴史の結節点でもある。現地での日常的な対話の中で、この背景を知っておくことは決して無駄にならないだろう。
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情報源: NRC


