ロッテルダムで眠り続けた88年——ソ連に暗殺されたウクライナ軍人、ついに故郷へ
クロースワイク墓地から発掘、キーウで軍葬へ
ロッテルダムのクロースワイク墓地に、88年にわたって眠り続けた一人の軍人がいた。エフヘン・コノワーレツ大佐——ウクライナ民族主義組織(OUN)の創設者であり、ソ連の秘密工作員によって命を奪われた人物だ。ウクライナのゼレンスキー大統領は公式ウェブサイトで、大佐の遺骨がロッテルダムで発掘され、母国ウクライナへ送還されると発表した。遺骨は軍葬に付される予定で、ウクライナ社会にとって歴史的な意味を持つ出来事として受け止められている。
チョコレートの箱に仕掛けられた爆弾
コノワーレツ大佐が命を落としたのは、1938年5月23日のことだった。ロッテルダム市内のホテルで、ソ連の諜報機関に送り込まれた潜入スパイと会合を持った大佐は、別れ際にチョコレートの箱を土産として手渡された。その箱には爆弾が仕掛けられており、ホテルを出て間もなく爆発が起き、大佐は死亡した。冷戦期を通じて数々の記録が明らかにされるなか、この暗殺作戦はソ連の秘密警察(NKVD)が主導したものと広く認識されている。大佐の遺体はその後、ロッテルダムに埋葬され、長年にわたって現地の墓地で静かに眠り続けてきた。
OUNの創設者として歴史に刻まれた人物
コノワーレツ大佐が1929年にウィーンで立ち上げたOUNは、民族的に均質な独立ウクライナ国家の樹立を目指す右翼民族主義組織だった。創設当初はイタリアのファシズムやドイツのナチズムの影響を受けたとされるが、第二次世界大戦でドイツの敗色が濃くなるにつれ、組織はより民主主義的なイデオロギーへと転換していった。歴史的評価が複雑な人物であることは確かだが、現代のウクライナでは「独立と民族自決を求めた先人」として位置づけられており、今回の送還はその文脈で国家的な意義を帯びている。
故郷での別れ、そして軍葬へ
ゼレンスキー大統領の発表によれば、発掘された遺骨はまず国立軍事記念墓地に仮埋葬される。その後、キーウのウクライナ・ギリシャ・カトリック大聖堂で告別式が執り行われ、正式な軍葬が予定されている。ロシアによる軍事侵攻が続くなか、88年前にソ連の手で命を奪われた人物の遺骨を祖国に迎えるこの出来事は、ウクライナの国民的アイデンティティや歴史的記憶と深く結びついている。ロッテルダムという異国の地に長く眠り続けた大佐の帰還は、現在進行形の戦争と歴史の記憶が交差する、象徴的な出来事として注目されている。在蘭の日本人にとっても、自分たちが暮らすこの街が歴史の重要な一場面を担っていたことを改めて知る機会となるだろう。
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情報源: DutchNews



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