精神的苦痛を理由とした安楽死、医師2人が「法定要件を満たさなかった」と認める
70歳女性の死を巡る懲戒審問——研修医が傍聴する法廷で浮かび上がった制度の死角
2022年秋、オランダで70歳の女性が精神的苦痛を理由に安楽死を受けた。担当の家庭医は17年来の主治医であり、女性の長年にわたる苦しみを間近で見続けてきた。しかし、安楽死後の検証で医療監督局(IGJ)が「不注意な行為」と認定。法定6要件のうち4項目が満たされていなかったと結論づけられ、家庭医とSCEN(安楽死相談・支援)医師の2人がアムステルダムの医療懲戒委員会に出廷することになった。事件から3年半、両医師は沈痛な表情で審問に臨んだ。
「私は間違いを犯した」——法廷で語られた経緯
女性は幼い頃から死を身近に感じてきた家庭環境で育った。21歳のときに髄膜炎を患い仕事を失って以来、生涯を通じて気分障害と死への願望を抱え続けたという。同居していた母の死、そして毎朝生きる理由となっていた愛猫の安楽死が、最後の引き金となった。
安楽死の手続きにあたり、家庭医は独立した精神科医に診断を依頼した。精神科医は2度の面談を行い「現時点での意思能力あり」と記録したが、報告書には明示的な精神科的診断がなく、治療選択肢への言及もなかった。この曖昧な記述を、家庭医もSCEN医師も「安楽死への同意」と読み解いた。しかし後に地域安楽死審査委員会(RTE)が確認したように、精神科医が評価したのは意思能力のみであり、「耐えられない苦痛の回復不可能性」については判断していなかった。
SCEN医師は当日に自宅訪問を行い、1時間の面談を経て「苦痛は回復不可能であり、意思は熟慮されたもの」と結論づけた。彼は肺科専門医であり、精神的苦痛の安楽死審査に必要な精神科的専門知識を持ち合わせていなかった。地域で唯一の精神科資格を持つSCEN医師は、当時身内を亡くしたばかりで対応できなかったという。
制度の死角——研修医たちが見た現実
懲戒委員会の審問では、両医師がそれぞれ非を認めた。家庭医は「私の行動は十分に根拠づけられていなかった」と述べ、後日のスーパービジョンを通じて問題が知識不足にあったと気づいたと説明した。SCEN医師は「私はトンネル視野に陥っていた」と振り返り、患者が25回にわたって安楽死を求め続けた経緯や、過去に安楽死を断った別の患者が自殺したという経験が無意識に判断に影響した可能性を認めた。家庭医には400ユーロの罰金が科されている。
傍聴席を埋めた家庭医研修生たちは静まり返って審問を見守った。精神的苦痛に基づく安楽死は、身体的疾患に比べて法的・医学的ハードルがはるかに高い。独立した精神科医による診断、治療選択肢の徹底的な検討、耐えられない苦痛の回復不可能性の評価——これらすべてが求められるが、地域によっては専門家へのアクセス自体が制限されている実態も明らかになった。
オランダ社会と在蘭日本人にとっての意味
オランダは世界で最も整備された安楽死制度を持つ国のひとつとされるが、今回の事案は制度の厳密さと現場の運用の間にある乖離を示している。精神疾患のみを理由とした安楽死は法律上認められているが、その審査プロセスは身体的疾患の場合よりも格段に複雑であり、専門知識を持つ医師の確保が課題となっている。
在蘭日本人にとって、こうした事案はオランダの医療制度を理解する上で重要な視点を提供する。かかりつけ医(huisarts)との長期的な関係が制度の基盤となる一方で、精神的苦痛に関わる判断には専門的な審査体制が不可欠であることが、改めて浮き彫りになった審問だった。
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情報源: NRC





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