火星の細菌は24時間生き延びる――宇宙と感染症の最前線をラドバウド大が開く
ナイメーヘン発・宇宙微生物研究が示す、宇宙飛行士と惑星汚染への警鐘
宇宙に持ち込まれた細菌は、果たして生き延びるのか。そして、もし生き延びるとすれば、帰還した宇宙飛行士や地球の公衆衛生にどんな影響をもたらすのか。こうした問いに正面から向き合った研究が、ナイメーヘンのラドバウド大学医療センター(Radboudumc)から生まれた。ドイツ航空宇宙センター(DLR)所属のイタリア人研究者、トンマーゾ・ザッカリア(28歳)が6月19日に同大学で博士号を取得し、その成果が注目を集めている。
火星環境で細菌はどう変わるか
ザッカリアが対象としたのは、肺炎桿菌(クレブシエラ・ニューモニエ)を含む4種の病原性細菌だ。いずれも土壌や水中に自然に存在し、人間の腸内細菌叢の一部を構成することもある。「これほど身近な細菌が宇宙環境でどう振る舞うかは、これまでほとんど研究されていなかった」とザッカリアは語る。実際、これらの細菌の一部はすでに国際宇宙ステーション(ISS)の内部表面で生きた状態で検出されている。
実験はケルンのDLR施設で実施された。火星の大気組成、土壌成分、大気圧、微小重力、紫外線・X線照射を精密に再現したシミュレーション環境のなかで、各細菌の挙動を観察した。結果、4種中3種が最大24時間生存することが確認された。さらに重要なのは、生存した細菌の「姿」が変わっていた点だ。顕微鏡下では細胞が収縮し、細胞膜の構造が変化。その結果、人間の免疫系がこれらの細菌を認識する効率が低下していた。ただしザッカリア本人は「細菌がより危険になった、病原性が高まったとは言い切れない。あくまで実験室での観察結果であり、詳細な評価は今後の研究課題だ」と慎重に述べる。
宇宙飛行士は「免疫低下状態」にある
この研究が特に意味を持つのは、宇宙に滞在する人間の身体的な状態を考えると明らかになる。長期の宇宙旅行では、限られた食事、放射線によるDNA損傷、そして微小重力によって血液が体の中心部に集中することなどから、免疫機能が全般的に低下する。ザッカリアはこの状態を「自己免疫疾患の患者に近い免疫抑制状態」と表現する。そうした状況下で、火星の環境に適応し変質した細菌と接触することは、宇宙飛行士にとって現実的な健康リスクとなりうる。
研究のもう一つの軸は、惑星保護の問題だ。人類が火星などの天体に着陸するとき、地球由来の細菌を持ち込んで現地を「汚染」してしまうリスクがある。24時間という生存期間は、細菌が火星表面で長期的に進化・定着するには短すぎるが、宇宙飛行士が船外活動を行う間に機器や宇宙服を介して環境を汚染するには十分な時間だ。将来の探査ミッションで地外生命体の痕跡を探す際、地球由来の細菌が「偽陽性」の原因となることも懸念される。
宇宙の知見が地球の感染対策に還元される
研究が示すのは宇宙だけの話ではない。「細菌が過酷な環境下でどのように生存戦略を変えるかを理解することで、病院や公共交通機関における表面汚染への対策にも応用できる」とザッカリアは指摘する。細菌が環境ストレスに適応するメカニズムの解明は、感染症対策の新たな手がかりになりうる。
宇宙開発が加速し、民間を含む宇宙飛行がますます身近になるなか、こうした微生物研究の重要性は高まるばかりだ。ザッカリアは今後もDLRでポスドク研究員として同テーマを続ける予定で、「この分野はますます問いが増えていく。それが面白くてたまらない」と語っている。オランダの大学と欧州の研究機関が連携して生まれたこの成果は、宇宙時代の感染症科学という新たなフロンティアの一端を示している。
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情報源: NRC
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