オランダ戦没者追悼式典、ダム広場に1万6千人──国全体が2分間の静寂に包まれた
5月4日追悼記念日、国王夫妻・首相も献花。一方で抗議活動家との摩擦も
5月4日の夜8時、オランダ全土が一斉に静止した。第二次世界大戦をはじめとする歴代の戦没者を悼む「追悼記念日(Dodenherdenking)」の黙とうが始まった瞬間、アムステルダム中心部のダム広場に集まった約1万6千人の群衆は声を失い、公共交通機関は運行を止め、スキポール空港では航空機の離着陸も中断された。カフェやレストランもサービスを一時停止し、国全体が2分間の沈黙に包まれるという、オランダならではの光景が今年も繰り広げられた。
国王夫妻・首相が献花、市長は女性の役割を訴える
ダム広場の国立戦争記念碑での式典には、ウィレム=アレクサンダー国王とマクシマ王妃、ロブ・イェッテン首相をはじめとする要人や軍幹部が出席し、厳かに献花した。主催委員会によれば、首都アムステルダムだけで約1万6千人が参列したほか、全国各地の追悼碑でも規模を問わずさまざまな式典が行われた。
式典に先立ち、アムステルダムのフェムケ・ハルセマ市長はミュージアム広場からダム広場への黙祷行進の前に演説を行い、戦時における女性の役割に光を当てた。「女性たちは決して脇役ではない。兵士として、医師として、ジャーナリストとして、母として、そして最も広い意味での自由の守り手として、最前線に立ち続けてきた」と語り、オランダでは女性がしばしばレジスタンス運動の中心的存在であったことを強調した。さらに、戦時における組織的なレイプや強制不妊手術といった性暴力が、ホロコーストを含む数々の紛争で繰り返されてきた事実にも言及し、その問題が現代においても続いていると警鐘を鳴らした。
記念碑への落書きと活動家の抗議、緊張も
今年の式典では、追悼の場をめぐる緊張も表面化した。式典当日の早朝、国立戦争記念碑の台座に赤いペンキが塗られているのが発見された。防犯カメラの映像には自転車で現場を立ち去る3人の姿が記録されており、警察が捜査を進めている。式典開始までにペンキは除去され、碑は清潔な状態に戻された。
また、式典前には親パレスチナ派の活動家約20人がダム広場に集まり、「ネバー・アゲイン・ミーンズ・ナウ(二度と繰り返すなは今を意味する)」と書かれた横断幕を掲げようとした。警察はこれを制止し、活動家の一人フランク・ファン・デル・リンデ氏はその後警官に付き添われて広場を離れた。「なぜダメなのか理解できない。これほど控えめな抗議なのに」と同氏は語ったが、追悼の場における政治的メッセージの持ち込みについては例年議論を呼んでいる。
翌5月5日は「解放記念日(Bevrijdingsdag)」として、全国各地でコンサートや祭り、地域の共同食事会などが催され、オランダは厳粛な追悼から解放の喜びへとページをめくった。在蘭日本人にとっても、この2日間は戦争と平和を身近に考える貴重な機会と言えるだろう。
情報源: DutchNews



