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モルッカ人への謝罪から1か月——元警官100人が「自らの苦難」の公認を求める
社会 読了 2分

モルッカ人への謝罪から1か月——元警官100人が「自らの苦難」の公認を求める

1970年代の暴力的衝突に関わった退職警察官が請願書を提出

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オランダのロブ・イェッテン首相がモルッカ人コミュニティへの歴史的な公式謝罪を行ってから約1か月。今度は別の当事者たちが声を上げた。1970年代にモルッカ系移民との暴力的衝突に関わった元警察官の団体が、自分たちの受けた苦難についても公式に認められるべきだとして、アッセン市議会および警察認定財団に請願書を提出した。退職警官4人が約100人の仲間を代表する形で提出したもので、オランダ紙フォルクスクラントが報じた。

「国家の命令で執行し、今は誤りと認められた政策」

請願書を主導した退職警官のエド・イッシンク(76歳)は「強硬な政策が警察官にも苦しみをもたらしたことを認めてほしい」と語る。元警官らは、政府の指示のもとモルッカ人コミュニティへの厳しい対応を迫られた結果、自宅を火炎瓶で焼かれたり、パトロール中の車が銃弾を浴びる伏撃を受けたりした。時事番組「ニュースウール」でイッシンクは、後にPTSDを発症した元同僚や、自ら命を絶った仲間もいたと証言している。

事の背景には複雑な歴史がある。1951年に約1万2,500人のモルッカ人がオランダに渡った。インドネシア独立戦争でオランダ側として戦った兵士約3,500人とその家族で、「滞在は一時的なもの」という約束のもと、かつての強制収容所だったウェステルボルクやフフトを含むキャンプに収容された。しかしオランダがモルッカ共和国の独立を支援しないことが明らかになると、第二世代の若者たちの不満は暴力へと転化した。1977年のデ・プント列車ハイジャック事件では人質2人と犯人6人が死亡し、1978年のアッセン州庁舎占拠事件でも2人が命を落としている。

モルッカ側も「正当な訴え」と支持

注目されるのは、モルッカ망命政府のジョン・ワッティレテ代表が元警官側の主張を支持していることだ。「モルッカ人の苦しみを損なうことなく、元警官たちが問題を提起するのは正当だ」と述べ、彼らもまた本質的には政治問題の処理に利用された存在だったと指摘する。その上でワッティレテ代表は、当時の政府の役割についての全面的な調査を求めている。国家警察も「元警官の要求には真剣に対応する必要がある」との立場を示した。

イッシンクは1974年に自身の見方が変わり始めたと振り返る。無国籍状態に置かれたモルッカ人への扱いを目の当たりにし、後にはデモ隊への実弾訓練への参加を拒否したという。彼が今この問題を改めて訴える背景には、現在のオランダ政治でも一部の移民グループへの強硬対応を求める声が再び高まっているという現実がある。歴史の教訓を繰り返さないためにも、謝罪の先にある「全ての当事者の認定」という問いは、在蘭日本人を含むオランダ社会全体にとって無視できない課題を提示している。

情報源: DutchNews

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