学校で「悲嘆」を教える時代へ――専門家が訴える喪失教育の必要性
カリキュラム外の「死と別れ」、子どもの10人に1人が悲嘆で行き詰まる現実
大切な人を失った経験は、子どもにとって決して珍しいことではない。オランダの調査では、16歳未満の子どもの4分の3以上がすでに近しい人の死を経験しているという。家族、祖父母、友人――その形は様々だ。さらに、校外のニュース、たとえばゼーラント州での遠足中の交通事故や、若いインフルエンサーの訃報なども、子どもたちを死というテーマに否応なく向き合わせる。こうした現実を受け、心理士や教育学者、悲嘆研究者らが声を上げている。学校は、死や喪失を「問題が起きたときだけ扱うもの」ではなく、日常的に語り合えるテーマとして位置づけるべきだ、と。
カリキュラムの空白と、学校現場の苦悩
現在、「悲嘆(rouw)」はオランダの小学校教育における必修の到達目標(kerndoelen)に明示されていない。NOS Jeugdjournaalの取材によると、大半の小学校では悲嘆に関する授業が行われておらず、教員養成課程(pabo)でもこのテーマは必修ではない。つまり、将来の教師たちが悲しむ子どもへの関わり方を学ぶ機会は、体系的には保障されていないのが実態だ。
悲嘆カウンセラーのリカルト・ハティンク氏は、現場の実情をこう語る。「夏休み直前に2人の生徒が亡くなったある学校では、何も対応がなされなかった。休み明けになって初めて支援が求められた」。教師が死を語ることへの個人的な戸惑いや、保護者からの反応を恐れる声も背景にあるという。なかには学校側から「死や喪失について話すな」と指示された教師もいたとされる。ハティンク氏は「多くの学校が悩んでいるのを目の当たりにしている」と述べ、問題が起きる前から備えることの重要性を強調する。
子どもが「悲しんでいい」と感じられる場所へ
21歳のマーイケ・コクさんは、12歳の弟を交通事故で失った経験を持つ。両親とはよく話せたが、周囲の大人からは「どうしてる?」と聞かれることがほとんどなかったという。「もっと悲しませてしまうのではと気を遣ったのだと思う。でも、そのせいで悲しんではいけないような気持ちになった」とコクさんは振り返る。結果として彼女は悲嘆の中で行き詰まり、弟の死を現実として受け止めるまでに数カ月を要した。
トラウマ的喪失後の悲嘆を専門とするロンネケ・レンフェリンク特任教授は、「子どもにとって、悲しみを一人で抱えることは非常に孤独なこと」と指摘する。「学校で感情や喪失について話せる機会が増えれば、子どもは自分が受け止められていると感じられる」。教授によれば、子どもの10人に1人が悲嘆のプロセスで行き詰まるとされており、日常的なケアの積み重ねがこのリスクを下げる可能性があるという。
整形教育学者のマリケン・スパイ氏は、歌や詩、またメキシコの「死者の日」やキリスト教の「諸聖人の日」といった文化的な行事を切り口にすることで、重くなりすぎず感情を話せる場を作れると提案する。教育担当国務長官のティーレン氏も学校の対応不足を批判し、「喪失や悲しみは、すべての子どもがいつか経験すること。学校では毎日、感情を話せる時間を設けるべきだ」と述べている。悲嘆教育は特別なプログラムである必要はない。日常の小さな対話の積み重ねが、子どもたちの支えになりうる――専門家たちの訴えはその一点に集約されている。
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情報源: NOS Algemeen



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