マウリッツハイス美術館、レンブラント25点の所蔵を巡る相続訴訟で勝訴
遺言の仏語一文をめぐり解釈が対立、遺族側は控訴へ
ハーグの地方裁判所は、マウリッツハイス美術館が著名な美術史家アブラハム・ブレディウスから寄贈を受けたレンブラントら17世紀巨匠の作品25点を引き続き所蔵できるとする判決を下した。遺言の条件が守られていないとして作品の返還を求めていた元館長の遺族側の請求は棄却され、オランダ政府(美術館の所管側)の主張が認められる形となった。
「5年前の訪問」が発端
訴訟の発端は、ブレディウスの遺族であるオットー・クロニヒ氏とソフィア・クロニヒ氏がおよそ5年前に美術館を訪れたことだった。ブレディウスは1889年から1909年にかけてマウリッツハイスの館長を務めた人物で、子供がいなかったことから、親しい友人であり弟子でもあったヨーゼフ・クロニヒ氏(オットーとソフィアの大叔父)に遺産を残した。その遺産の一部として美術館に寄贈された25点には、レンブラントの《サウルとダビデ》や《二人のアフリカ人》のほか、ヤン・スティーン、ヤン・ファン・ホイエンらの作品が含まれる。なかでも《二人のアフリカ人》は、ルネサンス期ヨーロッパにおいて自由な黒人アフリカ人を描いた数少ない絵画として知られている。美術館を訪れた遺族は、寄贈作品のうちギャラリーに展示されているのがほんの数点に過ぎないことに気づき、遺言の条件が履行されていないとしてオランダ政府に対し法的措置に踏み切った。
フランス語遺言の解釈をめぐる攻防
訴訟の核心となったのは、ブレディウスが晩年を過ごしたモナコで書いたフランス語の遺言に含まれる一文だった。「作品はマウリッツハイス美術館においてのみ展示され続けなければならない(devront rester exposés exclusivement dans ledit Musée)」という記述について、双方がパリで教育を受けた弁護士を立てて解釈を争った。遺族側は「rester exposés(展示され続ける)」が恒常的な展示義務を意味すると主張。一方、政府側は「美術館が独占的に展示する権利を持つ」という意味であり、常時展示を強制するものではないと反論した。裁判所は「翻訳には多少の解釈の余地がある」としながらも、この一文が「展示の絶対的義務」を示すものではないと判断し、美術館側の主張を支持した。オットー・クロニヒ氏は判決後、「裁判所はブレディウスが書いた内容ではなく、美術館が現在実務上都合が良いと考えることを根拠にした」と強く批判し、弁護士に控訴を指示したと述べた。
美術界に問われた「寄贈の条件」の重み
本件は、美術館における作品の永続展示義務とコレクション管理の裁量という、より普遍的なテーマをはらんでいる。世界中の美術館がすべての所蔵作品を常時公開できるわけではなく、収蔵庫での保管や貸し出し、修復中の不在は一般的な慣行だ。今回の判決は、そうした現実に即した解釈を採用したともいえる。在蘭の美術愛好家にとっては、マウリッツハイスでこれらの名作を引き続き鑑賞できる可能性が守られた一方、控訴審でどのような判断が下されるかによっては、オランダの美術館行政と寄贈条件のあり方にも影響を与えかねない。ブレディウス自身は1945年、自らが真作と太鼓判を押した絵画が悪名高き贋作師ハン・ファン・メーヘレンの作品だったことが発覚し、その名声に傷がついた経緯もある。それでも彼の寄贈コレクションが持つ文化的価値は揺るがず、今後の控訴審の行方が注目される。
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情報源: DutchNews



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