無名GKがW杯の舞台へ――ノッペルトの知られざる軌跡
オランダ代表の「ハイエナ」が示した、準備と自己信頼の力
2022年12月8日の夜、ドーハのホテルのエレベーターに、アンドリース・ノッペルトは静かに乗り込んだ。翌日に迫るアルゼンチン戦、そしてその先に待つPK戦への対処を、彼は一人で決断しようとしていた。同乗していたのは、代表のほかの2人のGK、レムコ・パスフェールとユスティン・バイロウ。3人は技術スタッフの目の届かない場所で、密かに言葉を交わした。ルイス・ファン・ハール監督が用意した「科学的手法」ではなく、自分流で挑む――その意志はすでに固まっていた。
リヴィプールとバルサの間に「ハイ、アンドリースです」
ノッペルトの代表入りは、ほぼ誰も予想しなかった展開だった。彼がオランダ代表のレーダーに映り始めたのは2022年9月のことで、きっかけは補佐コーチのダニー・ブリントがスタッフ会議でヘーレンフェーンの好調なGKに言及したことだった。当時オランダ代表は固定の正GKを欠いており、スカウト網を広く張っていた。さらに、ファン・ハール監督の妻トゥールスも「ヘーレンフェーンの長身選手を一度呼んでみては?」と夫に進言していたという。
28歳のノッペルトは2022年9月初旬、まず予備選考リストに名が載り、2週間後に正式招集された。わずか2年前はFC Dordrechtの控えGKだった男が、リヴァプール、バルセロナ、バイエルン所属の選手たちと同じロッカーを共にすることになったのだ。初めてナイツェフフトのナショナルセンターに向かう際の荷物は、ヘーレンフェーンのスポーツバッグひとつ。友人が父親の車を借りて送り届けてくれた。代表スタッフからは早々に「次からそのバッグで来るな」と告げられた。
チームメートへの挨拶は、新入生さながらだった。「ハイ、アンドリースです」。最初に出迎えたのはキャプテンのフィルヒル・ファン・ダイクで、その温かい言葉がノッペルトに安堵をもたらした。ロッカーにはオランダ代表のユニフォーム一式が用意され、シューズは好きなものを無料で選べた。ポーランドでの宿泊先は高級ホテル。ガラス張りの壁に手を当てると浴室が現れる仕掛けには、思わず困惑したという。
PK戦前夜の静かな反乱
ファン・ハール監督はW杯前から、PK戦の準備に並々ならぬ情熱を注いでいた。「運任せ」という通説を嫌う監督は、元バレーボールコーチのペーター・マーフィをPK専門家として招聘。「水平型」「垂直型」のキッカーの特性と心理的動揺の与え方を、チームは何時間もかけて練習してきた。
しかしノッペルトはこの手法に最後まで納得できず、準々決勝アルゼンチン戦の前夜、自分のやり方で臨むことを密かに決意した。エレベーターで2人のGKに語りかけ、自分の準備を手伝ってほしいと告げたのはそのためだ。科学的手法か直感か、という問いに、彼は静かに後者を選んだ。
試合後の光景もまた印象的だった。ベルギー戦でオランダが勝利した後、ロッカーで着替えを済ませたノッペルトが飲み物を求めてチームメートを探すと、すでにほぼ全員が姿を消していた。多くの選手はプライベートジェットでクラブへ戻っていたのだ。夜中頃、両親の車で北部の地元マルムへ帰り着いたノッペルトのバッグには、オランダ代表のマッチシャツと新品のスパイク2足が入っていた。超一流の世界を垣間見ながらも、彼自身は変わらなかった。それがノッペルトという人間を、あの大舞台に相応しくした理由かもしれない。
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情報源: NRC



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