解放記念日の祝日化へ、イェッテン首相が正式協議を表明
5年に一度の有給休暇扱いから、毎年の法定祝日へ——議論が動き出す
第二次大戦終戦から81年目を迎えた5月5日、オランダ各地は解放記念日の祝典に包まれた。ロブ・イェッテン首相はユトレヒトで「解放の炎」に点火し、祝賀行事の幕を開けた。そのスピーチの中で首相は、この記念日を毎年の法定祝日とすることへの支持を明言。雇用主団体、労働組合、社会経済評議会(SER)と協議を進める考えを示し、長年くすぶってきた議論が政治の俎上に載った形となった。
「5年に一度」という現行制度の壁
現在、5月5日は法律上は記念日として位置づけられているものの、ほとんどの雇用者が有給休暇として認めるのは5年に一度にとどまる。次回の「全員休み」の年は2030年だ。祝日化の議論は以前から繰り返されてきたが、経済界からは「企業のコスト増につながる」との反発も根強い。首相が今回、SERを通じた正式な対話プロセスに言及したことは、単なる個人的な意見表明にとどまらず、政策検討への扉を開くシグナルと受け止められている。
イェッテン首相自身は祝典の場で「複雑な気持ちもある」と率直に語った。ウクライナ、ガザ、イランなど世界各地で戦争や自由への脅威が続く中での「自由の祝典」であることへの葛藤を口にしつつも、「自由な国に生きていることを誇りに思う。それは戦争がないというだけでなく、肌の色や信仰、誰を愛するかにかかわらず、自分らしくいられる自由だ」と述べた。
全国を結ぶ炎と「解放スープ」
祝典はワーヘニンゲンの「Hotel de Wereld」前での点火で深夜0時に幕を開けた。107の自治体から約2,500人のランナーが聖火リレーを担い、オランダ全土をつなぐ伝統が今年も受け継がれた。105歳のオランダ人戦争体験者ヨハン・ヘネウフレイクと、103歳の英国人退役軍人ロビー・ホールが炎の点灯に立ち会った場面は、記憶の継承という記念日本来の意味を体現するものだった。
全国14か所で開かれた解放フェスティバルには年間約100万人が訪れる。今年はフリースラント州のテルヘルネのように、長テーブルを並べて地域住民が戦争と解放について語り合いながら食事をするスタイルも各地で見られた。コロナ禍後に定着した「解放ミール」の今年のメニューは、白インゲン豆・生姜・ココナッツミルクを使ったビーガンスープ。テレビ番組「Heel Holland Bakt」でおなじみのシェフ、ヤニー・ファン・デル・ハイデンが考案したレシピだ。
在蘭日本人にとっての意味
毎年5月5日のオランダの職場環境や社会の雰囲気は、法的な位置づけ以上に記念日としての重みを帯びている。もし祝日化が実現すれば、在蘭日本人の就労者にとっても休暇計画や職場のカレンダーに直接影響が出る。協議の行方は雇用主・労組双方の合意を要するだけに時間がかかる見通しだが、首相が公の場で踏み込んだ発言をしたことで、議論は新たな段階に入りつつある。
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情報源: DutchNews



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